謎の球体の飛来は現場工作者たちの覚醒を促したのか?

硝子戸の向かうの赤き光球

窓辺に赤き色出で
赤紅色の光球は次第に輝きを増し
青の闇と雲の灰色を明るく染めて
そして寒い寒い冬の朝がはじまる
    
現場工作者の朝は早い。
招待所では24時間いつでも熱いお湯が出るし、お風呂にだって入れるし、シャワーだって浴びることが出来る。だからといって、寝起きに熱いシャワーを浴びる習慣は無いし、寧ろ冷たい水で顔を洗ふぐらいだ。
それに、いくら豆腐が好物だからといって寝起きに豆腐を喰ふことはないが、地豆バターを分厚く塗って蜂蜜をかけたトースト(5枚切り)なら直ぐ食べることが出来るのも不思議なことだ。
昼の1時間を除き、朝から夕方までずっと屋外を跋扈する関係上、朝食ばかりはしっかりと摂取しておかないと現場でふらふらして浮遊因子になって仕舞ふといけないからだ。
招待所から現場までは自転車で15分ほど、殆どが下り坂なので苦でも何でもなく、工作拠点に到着する頃には体も温まってゐるのが返って有り難いほどだ。
勿論、現場工作中はあらゆる感覚と知識と直観と本能を全開にしての対応を余儀なくされるのだが、だからといって自分の興味ある領域だけに専念することは出来ない。
発掘調査は再現の出来ない実験現場であり、余程余裕のある学術調査でない限り、ひとつひとつの工作に悠長に取り組んでゐる暇など無いのだ。
始まった瞬間、終はり方を考へる必要があるし、始まる以前に報告する方法を考へておく必要もある。
確かに、知識や経験は行動や態度に一定の自信を与へてくれるが、工作のどの部分をとってみてもそれらを実行するのは人間様なのだから、人間関係をうまく構築出来ない人物は自動的に工作活動にも支障を来す確率が高くなる。
壮大な遺跡も繊細な遺構も、所詮其の大半が人間様の行為の痕跡の堆積結果なのだから、より「人間らしく」生きてゐない工作員には、遺跡の本質を把握し感得することは難しいだらう。
現場工作者の朝が早いのは、朝の赤味を経た上での「青い陽光」の下でないと、此の極東の島国の赤味の強い大地の上でさまざまな痕跡の検出が出来ない所為だ。
即ち、午後の傾いた陽光下での検出が至難なワケは、明晰な感覚が情緒や感傷や陰の気に撹乱されて仕舞ふ確率が高まる所為だ。
感傷は時に何気ない日常風景を上質な映画の一シーンに錯誤させる力を持つが、過去の厳然たる事実を探求する学問にとっては支障にもなりうる。
また、情緒は過去の復元に必要欠くべからざるものであると認識する我輩の見解は寧ろ異端で、情緒ばかりか感情の蠢きさへも排除することを美徳とする悪しき習慣が跳梁してゐるが、馴染めない。
現場工作者が常に雄弁である必要は無いが、大地に埋蔵され、固定された文物事象を広く世間に伝へる努力を惜しめば、それは既に自己満足の狭小な世界の王様に過ぎない。
今更無駄な努力をする必要は無いが、自分の果たしてゐる役割だけは自覚しておく必要が有る。
だから、現場工作者の朝は早いのだ。