途上

不安定

アフガニスタンでの悲劇には、コメントを差し挟む余地がない。
        
しかし、志半ばで道を絶たれた伊藤和也氏のことを思ふと、さすがの我輩も大変悲しい心持ちになる。彼の大きな意思は、長年アフガニスタンで活動を続けてゐる「ペシャワール会」の人々によって受け継がれて行くのだらうが、同志を亡くしたメンバーの哀しみは察するに余りある。
このところ、比較的安全になったとされるカーブル市内でも、外国人の車両を狙った待ち伏せ襲撃事件が多発してゐるやうだし、ハミド・カルザイ氏の求心力もすっかり減衰して仕舞ったやうだ。また、ひとくちにタリバーンと言っても、極めて原理主義的な一派から穏健派までさまざまなグラデーションの集合体であらう。しかも、アフガニスタン一国をとっても、隣国であるパキスタン方面から流入する、タリバーンと称する過激な新集団の実態も明らかではなく、テロ活動もさまざまな形態で統一感無く発生してゐるやうだ。
さすがの日本政府も、今回ばかりは恩着せがましき言ひを宣ふ暇もなく、悲劇的な結末を迎へてしまったのだが、「運命」てうひとことで片付けるには余りにも悲劇的な事件だ。
              
同じ日本人として、彼や「ペシャワール会」のいままでの活動に敬意を表し、今宵は衷心よりただ黙祷するのみ。
(―_―)
                         
今天ははっきりしない天気で蒸し暑さは戻り、海岸に出てみると5〜6人の若者のグループが「エグザイル」(EXILE)の音楽などかけて、楽しさうに踊ってゐる。
ところで exile =「エグザイル」と言へば、鶴岡先生は「積極的自己追放」と意訳されてゐるが、我輩の場合は中原中也の生涯を学ぶに当たり、「自発的故郷喪失者」とでも理解すべきなのではないかしらむと考へてゐた時期がある。
其ノ後、これでは「故郷」そのものが「喪失」してしまったかの如き印象を受けるので、矢張り「自己追放」または「自発的自己追放」の方が良いかしらむと思ふやうになってきた。
少なくとも、アイルランド文化を語る文脈に於いては、exile は「積極的自己追放」であるべきと思ふが、中原中也や我輩自身の文脈となると、同じ exile = 放浪者(または流浪者)も寧ろ「自発的故郷喪失者」であり「自己追放者」であると語るべきなのかもしれない。
即ち、内なる衝動に突き動かされた結果としての自己追放と、周辺環境の変容変質に因って結果的に或る組織から遺物として放擲される追放の二種類が、少なくとも存在するやうだ。
             
[ exile ]
[U]国外追放, 国外[異境]生活, 亡命, 流浪, 流刑の身
> a king in exile 異国をさすらう王 > be in exile 亡命中である
> go into exile 亡命する > send a person into exile 人を国外追放する.
> 追放者;亡命者;流罪人 > an exile from one's own house 勘当された人.
> (紀元前597-538年のユダヤ人の)バビロン捕囚.
ー[動](他)…を(母国・故郷から;…へ)引き離す, 亡命させる, 国外追放する;流刑に処する(from ...;to ...)
> an exiled regime 亡命政権 > exile oneself 亡命する
> He was exiled from his country. 彼は母国から追放された.

[類語]exileは政治的な理由による国外追放, ないし亡命. banish は処罰としての国外ないし別地域への永続的な追放. expelは法律違反・政治的理由により外国人を国外に追放すること. deport は外国人や特定民族に属する人の本国ないし特定地域への強制送還. extradite は逃亡犯罪者を犯罪を犯した国へ強制送還すること. repatriate は法的手段に基づく本国への強制送還.
                 
辞書的定義を見る限り、exile とは追放「される」(または「された」)人のことのやうだ。
それでは自らの意思(または宇宙の意思)によって追放された者のことは、なんと呼べばよいのだらうか。やはり exile でよいのだらうが、我輩の知らないもっと相応しいコトバが有るのかもしれない。         
                   
中也の場合、恰も素戔嗚尊が妣の国を思慕するが如く、強烈に故郷を思慕する余り、いつしか故郷は憎悪の対象と変容していったのだらう。
「愛憎」などとひとことで語られるやうに、愛情や思慕の念は多くの場合憎悪・嫌悪と表裏一体のものだらうから、四谷怪談の戸板返しのやうに何時なんどき表裏が瞬時に入れ替はるかはわからないのだ。
しかしまた、自らによって追放された者たちは、思慕の対象たる幻視故郷の存在を前提に紐帯を結び、集結することが出来るのだ。
(-_-)
           
               
                  

伊藤氏に捧ぐ