同期摂理

今朝の収穫

今夕のこと、風呂場での水浴みを終へてぼさぼさの長髪をバスタオルでくるみ、体を拭き乍ら土間に下りてきた瞬間、ああ、さう言へば先日、宮西遺跡の発掘実習でNGSW君に現地説明会資料をPDF化して送ってくれるやうに依頼しておいたのだが、まんだ受信してゐなかったてうことを急に思ひ出し、忘れないうちにメールしておかうとそのまま濡れた体で休眠状態にさせてあった電脳を開き、メーラーを起動させたところ、当のNGSW君からのメールを受信。
果たして其の内容は、注文してあった説明会資料ドキュメントであった。しかも彼の送信時間は数分前で、我輩がまさに唐突に本件を思ひ出した時刻だったので、なかなか感度良好の同期受信だったワケだ。
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此の種の同期は以前には日常生活の中でしばしばあったものだが、此処半年ばかりは御無沙汰であった。
更に深夜に至り、電脳で2本のメールを受信した瞬間携帯電話でもメール受信のお知らせ音が鳴り、果たしてそれらは全て偉人の聖誕を祝福する内容のものであった。其ノ後、旭日齋天禁先生が昨天のコメント欄に書き込み頂いた時刻までもがこれらと数秒以内で同期してゐたことを発見し、今天はなかなか刺激的な電脳世界との交感だな、などと十六夜月など眺め乍ら、足下を何カ所か、蚊虫に喰はれ乍ら、どことなく落ち着いて何かしら涼しげな夜風に乗って聞こゑてくる渚の潮騒に耳欹ててみるもまたあはれにも、またをかしうもあり。
斯界にはなにものがおはしますかは知らねども、彼岸より我がかたへ来たりけるものはすべて、うけたまはらばや。
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さて、縄文海進の続きを少し。
今から約8千年前には一時停滞してゐた海進だが、其ノ後約6300年前頃の海進最頂にかけて、急激に上昇を再開する。
先苅貝塚の時期を8300年前と想定し、当時の海水準をマイナス17mとし最頂をプラス3mと仮定すれば、都合2千年間で20mの上昇を見たことになり、其の上昇速度は計算上1年1cmてうことになる。
たゆたひ揺らぐ海面が、1年をかけて1cm上昇したところで、なかなか可視的に実感することは難しいだらう。しかし、当時の平均寿命を40歳以下と考へても、或る人物の一生涯を仮借した時間的物差しで考へてみれば30cm以上も海面がせり上がって来るワケで、沿岸地で貝塚を形成してゐた集落などでは此の海進が敏感に感知されてゐた可能性は高い。
現在進行中の地球温暖化の影響も、氷河の溶解や沿海低地の消失といった諸例を引くまでもなく、大自然の最も敏感な部分に先づ顕著に現れてゐる。
このやうな自然環境下で暮らしてゐた縄文人の遺伝子には、「海は迫り来るもの」てう情報がしっかりと刻まれていったことだらう。海進期は草創期から早期を通じた極めて長い期間であり、縄文人たちの二分心も未分化であった時期でもあるからだ。
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それにしても早すぎる実りの早場米、田んぼは見渡す限りの黄金色にまだ緑色の葉が混ざる独特の色彩で、刈り取り間近!?