特殊技法
「フーガの技法」*1を語る時、必ず話題に上ることと言へば、Fuga a 3 Soggetti こと「3主題によるフーガ、4声部、4/4拍子、233(239)小節で中断」だらう。
特徴は、そのどれもがこの曲独自の新たなものである3つの主題を持つフーガであり、「フーガの技法」の中のフーガとしては唯一基本主題が使われていない曲てうこと。とりわけ第3主題は作曲者である B-A-C-H の頭文字が音型に変換されたものであり、加へて他に例のない未完の曲なのである。
唐突に終はる未完の楽譜末尾には、大バッハ(Johann Sebastian Bach,1685-1750)の息子であるP.E.バッハの筆跡で、「注意:此のフーガで、対位主題にBACHの名が持ち込まれたところで、作曲者は死去した」と書かれてあることもあって、非常に劇的な印象が強調されてゐるのだらう。曲集としては不自然なオルガンコラールが最後に並べられてゐるのだが、これは病床のバッハが弟子に口述筆記させたものと言はれており、未完成に終わった曲集の穴埋めとして追加されたものであることが序文に記載されてゐる。
譜面には特に楽器が指定されてゐないこともあって、さまざまな演奏家がさまざまな楽器の組み合はせで演奏を試みてゐるが、今いちばんのお気に入りはこの演奏。
- アーティスト: Heribert Breuer & Ensemble
- 出版社/メーカー: Arte Nova Records
- 発売日: 2000/04/10
- メディア: CD
- この商品を含むブログ (2件) を見る
バッハを含めたバロック音楽の殆どが即興性に満ちたものであり、実はモダンジャズにいちばん近い種類の音楽であったてうことはよく知られたことだが、MJQ やオイゲン・キケロの例を引くまでもなく我々の想像以上に自由度の高い音楽であったことは確かだ。
このアルバムの場合、演奏はベルリン・バッハ・アカデミーなどと記されているものの、その実はライプチッヒ・バロックゾリステン et ベルリン・ブラス・カルテット et ライプチッヒ弦楽四重奏団 et アンサンブル4てう4団体のナノ・プローブ連続体であった。使用された楽器も多彩で、2台のビオラ・ダ・ガンバと2本のブロックフルーテ、オーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴット、2台のピアノ、コントラバス、そしてビブラフォンてう内容。
とりわけアンサンブル4の編成であるビブラフォンにピアノとコントラバスとくればまさに MJQ そのものであり、深淵高尚で難解不敵な印象のあるこの曲集をうんと軽やかで親しみ深く、新鮮爽快な雰囲気に導いてくれてゐる。
このやうなQ連続体*2ならぬアンサンブル結合体の合作の醍醐味がいちばん楽しめるのが、冒頭に記した未完絶筆のフーガだ。荘厳で重苦しいコントラバスで開始される第1主題(弦楽合奏)の提示部から、カデンツァが終はらないうちに第2部の主題(ビブラフォンとピアノ)が細かな音形で絡み始める部分がなんとも脳幹を擽る心地よさがあるし、第3部の主題であるB-A-C-Hの主題が出現するやいなや次から次へとカノン的な展開で重層して行く様子に震撼する。最終部分、それまでの全ての主題が同時に絡み始めた次の瞬間訪れる、突然死・・・
- アーティスト: Modern Jazz Quartet
- 出版社/メーカー: Ojc
- 発売日: 1991/07/01
- メディア: CD
- クリック: 1回
- この商品を含むブログ (16件) を見る
こちらはグールドの演奏(第1対位法)
こちらは絶筆部分の楽譜と余白の書き込み
今宵満月、でもまた雪ですか?