バレンの風土

意匠的なハイクロス

バレンとモハの断崖ツアーにでかける。幸ひ快晴、風が吹くとちょっと寒い。ちなみにこのところの気温は、朝が6度で、日中晴れれば16度前後、雨だと12度くらいだらうか。
ユースホステルで申し込んだからか?、パンフレットには25ユーロと書いてあるが、20ユーロの学生価格で参加。中型バスに今朝は10人ほど、ロシア語で会話する家族(娘がアイルランドに留学中てう関係らしい)がコビト含めて5名のほか、ドイツ人青年4人、オーストラリア人1人、そして我輩てう構成。
今回もドライバーがガイド兼用なのだが、見るからに相当の年配。早い話がおじいさんなのだが、さて、ちょっと草臥れたバスが発進するや否や、ヘッドフォーンマイクで流暢にお喋り開始。その間左手でCDケースを探ってさまざまなアイルランド音楽をかけかえて、人々を飽きさせないやうに大工夫。本人の口癖が、「この15年間で12000人もの観光客を楽しく安全にガイドしてきたこの私・・・」「あなたがたがして欲しいであらう殆ど全てのことがわかるんですよっ」てう按配。ベテランゆえか通り慣れた道だからか、とにかく細い細い田舎道をどんどん上り下りしながらも、音楽をめまぐるしく変へ、そしてあれが何だの此処は何が起こった場所だの、誠に楽しく愉快で長閑な雰囲気。
バレンは前回、公共交通機関が全く無かったこともあって諦めてゐた奇観地帯。なだらかな丘陵が幾重にか連なるのだが、近づくにつれてそれが全て石灰岩の隆起した地勢であることがわかってくる。湾側の斜面にはまったく樹木は無く、土壌さへ見当たらない。僅かに石灰岩の節理に生ゑた雑草が、遠目には恰も丘陵全体が芝生で薄く覆はれてゐるのではないかの如く見へるだけのこと。
そんな不毛の大石灰岩台地だが、中央部や数箇所に谷状の地形が見られ、そこには潅木林がみられ、水辺が生まれ豊かな自然が発生してゐる。この台地の奇妙なる所以はその歴史的背景にあって、不毛の台地上にはいくつものドルメンが残ってあり、その年代は6000年以上とのこと。一部には旧石器(フリント)も採集されてゐるとのことだったが、真偽は不明。兎に角、古代にも巨石墳墓が営まれ、数多くの黄金製の装飾品が発見されてゐるのだ。また中世には魅力的なハイクロスを伴った修道院や耶蘇の教会堂が営まれ、その痕跡を多く残してゐる。
後の侵略者であるクロムウェルの言葉を借りれば、「此処には人を吊るす木もなければ、生き埋めにする土も無い」てう形容が実によくこの風土を言ひ表してゐるが、壮絶な風景であることには違ひはない。
バレン高原の語源となったゲール語の bhoireann とは、「石の多い場所」てう意味とのことだが、「石しか無い場所」とでも形容すべき風土である。
このやうな独特の石灰岩台地であるので、植生も独特であり、夏には複雑な名前の特殊な薔薇(何度聞いても聞き取れなかった)が咲き、またアルプス地方や地中海地方でしか見られない植物も確認されてゐる。
街道沿ひのいくつもの「見るべきポイント」を訪ね歩き、午後1時過ぎにモハーの断崖へ。アイルランド中西部の海岸で、特にゴールウェイとリムリック県の間、クレア県ラヒンチの北に、海面からの高さが200m近い断崖絶壁が連なってゐる。
特に南のハグス岬からドゥーランまでの約8kmが絶景として有名で、モハーの断崖と呼ばれてゐる。モハーはゲール語で「廃墟になった崖」の意味とのことだが、何かよくわからない。破壊された要塞の遺跡は、崖の上にある。
今回は偉人の普段の精進が項を為しての大快晴であり、その日差しは眩ひほど。大西洋の色は天よりもはるかに蒼く、深く険しく、そして荘厳だ。いつかみたポルトガルはロカ岬での感興に近いものがあるが、方やゴールウェイ湾方面には明天至るであらうアラン諸島の雄姿。地形的にもこのバレンとは本来一体であったアラン諸島だらうが、彼の地の断崖には超絶なダン・エンガスの砦が有る。
此処では2時間、持ってきたフランスパンと林檎じうすとチョコなどで、簡単な食事。そして断崖周辺をあてどなく、ぶらぶらと歩き回り過ごす至高の時。
ガイドのじいさんでさえ、こんな素晴らしい晴天は年に何度も無いよてうほどの快晴に恵まれ、帰路も満ち潮に取り巻かれた中世の城跡や、いくつかの遺跡を巡り乍ら黄昏のゴールウェイへ。
バスデポから直接宿には帰らずに、暗闇迫る巷間を彷徨ふうちに此処でも中華系ネットカフェを発見。ダブリンと違って漢字の看板(簡体字)のほかに英語でも明記してあるので、利用者はむしろ西洋人のほうが多い。街中のほかのネットカフェが30分1ユーロまたは場所によっては15分1ユーロであったりするのだが、ここは1時間1ユーロ。よくわけのわからん FireFox での漢字表記が文字化けしてしまふのと違ひ、このところちょこっと使ひ慣れたIEなので、勝手に言語ツールを日本語に設定して入力可能に。
受付の兄ちゃんは見事なまでの北京語なので、こっちもそれ風に対応し、先づは簡単に日記をアップしておく。
さて、今晩は何を食べる?
                
宿の同室、今晩はメリケンカップル。男のほうがしきりにパブに飲みに行かうと誘ふも、女性は居残ってシャワーと眠りを選択。二人ともシカゴ人のやうだが、30分ほどいろいろ楽しく会話する。