時は今、今の時を能く記憶すべし

此の世の黄昏

暑い暑い暑い夏の日の昼下がりは、戦ひの記憶を人々に蘇らせる。
音無く青空を行く白雲のひとひらを眺めても、行く川の川面を漂ふ塵芥の一塊を見ても、町を行き交ふ見知らぬ人のかむばせのいずれを見ても、哀しみの時の記憶が忽ち蘇り、ともすれば人々を沈黙に導く。
風化しつつある時の記憶よ、たった62年の歳月は人を待たずとも、悲哀の裏面に膠着し、長く語り継がれるべきであるよ。
広く、人口に膾炙せずとも、其処でこそ此処でこその以心伝心、歴史の節目や断絶を認識し共鳴し、共に語るべし。
また、能く感ずべし。
そののちの、アメーバのやうな慟哭と感興、不安定な円錐形の情緒と震撼。
今や何を見、何を語り、何を感じるにも、近接過去の基壇に登壇し、周囲を広く睥睨し、激しく叫べ。
自ら捨て去った感情を体内に蘇へらせて、今の時に、叫べ。
情緒を吐瀉せよ。