渦中の人

全てのものが飛び去り行く

昨天深夜に至り、暴風雨圏に入った様子。既に繁華街路上に置かれた全ての物(看板や植木やオブジェなど)は殆ど全て片付けられて、街は台風迎撃モードに。
吹き付ける風は強く弱く、徐々に確実に強さを増して行く。結局、木賃宿の男性用多人房のベッド全て(5人分)は埋まってしまったのだが、だうも妙な臭ひがする。最上段にいつのまにか入ってきた輩が発生源のやうで、いつまでもいつまでも何かをしきりに喰っており、其れがキムチのやうな漬物であることが判明。非常に狭い密閉空間であり、我輩の我慢も限界に達したので、「おい、夫れよ」と下から呼びかけるが反応が無い。ひょっとしてキムチであればバンドンサラムの可能性も有るや無しやと、ハングル語または英語で問ひかけるも反応無し。是は異なことと大声で呼びかけると、のそりと下を覗く。見ればヘッドフォンで音楽を聞き入ってゐるのであって、れっきとした日本人であった。此の狭小空間で飲み物はさておき、異様な臭気を発する食ひ物を貪り喰ふとは何事と厳しく抗議すると、「あ、そーですか、どもすみません」との気だるい反応有って、喰ひ続けるのはヤメた様子。いずれにしても頗る迷惑千万、迷惑至極。
しかし其の時既に臭ひは部屋中に充満してしまっており、空調は弱くきいてゐるが換気モードではないやうで、何とも気分が悪い。服務台ではお香など焚いてゐて雰囲気も良いので暫くそちらに退避して遣り過ごす。それにしても、キムチが悪いワケではなく、場所を弁へずにむしゃむしゃ喰ってゐるやつが悪いのだが、彼のドリアン同様、喰ってゐる御本人様は意外にも其の臭気など気にならないものなのだね。
さておき、深夜になってチェックインしてきた一人は飛行機の欠航で本土への帰国が不可能になった様子で、小声でしきりに電話をかけてゐる。別の一人も何かをキャンセルだの何だの、こちらは電話が入る度に3階床からわざわざ降りてきて、部屋から出て喋ってゐる。キムチ男と言へば、其の後何やら巨大なペットボトルを持ち込んでごくごくと飲んでゐたと思へば、今度は大鼾。びーび〜がーが〜と実に五月蝿く暢気なものだ。かういふ輩は何処の国の木賃宿の多人房にも必ず一人二人ゐるものだ。
今天朝、目覚めたのは8時前だったらうか。今まで聴いたことの無い音が気になって、ぢっと耳を澄ませてゐると、だうやら其れは電線やビルの角が鳴き、風雨が建物に叩き付ける音のやうだ。服務台まで出向き大通りを眺めてみると、街路樹の全ての枝が路上を掃くやうにうねり撓り、土砂降りの雨の濃淡が飛沫になって全てのものに激しくぶつかってゐる。国際通りにも沖映通りにも殆ど人影など無く、時折タクシーがゆるりゆるりと走って行くのだが、其の様子は恰も遠浅の海岸の海の浅瀬の中を車が走って行くやうで、見てゐる方が恐ろしいほど。余りの情景に暫くの間呆然と眺める他は無かったが、幸ひビルの1Fが食堂で、だうやら営業中の様子だったので先づは腹ごしらへに。店の出入り口は自動扉だが作動せず、クーラーも室外機が雨を巻き込んでしまふので作動せず、それでも二人三人と何となく外を眺めつつ朝食。
とりあへず此処の木賃宿の多人房、今晩からは予約があってこれ以上の延泊は不可能とのことで、10時半頃チェックアウト。見れば外は先ほどまでの気違ひ風雨は小康状態となって、通行人もちらほらと見ゆ。是勿怪の幸ひと、荷物担ひで平和通りアーケードを進み、5分ほどのところにある別の木賃宿へ移動。料金は同じく、1泊1500円だが、こちらはカプセルホテル風に蚕棚が仕切ってあって、3段ある中段に潜り込む。こちらは妙に規模大きくて、矢鱈に若者(男女問はず)多い。雰囲気的に長期滞在者が多いやうで、何処の国の者とも知れぬ人物も少なからず。とりあへず荷物を置き、街で珈琲でも飲まうと出たものの、外は再びの暴風雨。其の状況は朝方よりもひどいやうで、我思ふに、小康状態だった数時間は果たして、台風の目に入ってゐたのではないかしらむと。
兎に角、平和通りもむつみ橋通りも、アーケード天幕の方々が吹き飛んでひどい有様。路上には街路樹の枝がいたるところに粉々に砕けたやうになって散らばり、何処かの店の看板の破片や電線の部品や、何かよくわけのわからんものまで何もかも一緒くたになって散乱してゐる。此の暴風雨で、国際通りのほぼ全ての店が臨時休業で、三越百貨店も、ちょっと離れたところにあるジャスコも、方々に有るマックスバリューも全てお休み。観光客は夫々の飯店に蟄居を余儀なくされてゐるのだらうが、物珍しさと怖ひもの見たさで大通りに彷徨ひ出る者の姿もちらりほらり。
国際通りも何箇所かで信号が停電したまま夕方を迎へやうとしてゐるが、聞けば近くでは小型トラックが横風受けて横転し、大変なことになってゐる様子。救急車は1度、そして何故か消防車は何度もサイレン鳴らして走り行くのを見る。何処で何がだうなってゐるのか、テレビが身近に無い為よくわからないが、此の台風4号の直撃を受けたことだけは確かなこと。今後台風は北上し、だうやら九州四国から紀伊半島方面に向かふ様相だが、偉人の陋屋も直撃を受ける可能性高く、祖国の皆様方も用心して迎撃体制を整へて下さいませ。
               
                
フーコーの振り子〈上〉 (文春文庫) フーコーの振り子〈下〉 (文春文庫)
兎に角とんだ13日の金曜日。今は蚕棚の中で、こんなものを読んでおります。