南島行

此処ではすべてが浮遊してゐる

茫々漠々たる黒潮の大海原を遡り、船は時折其の巨体をたゆたへ横に揺らし、乳白色または青灰色の不思議な霧と雨の帯を越ゑ、南海洋の島々をくぐり抜け、琉球列島に到達せる。
早朝とは思はれぬ気温の高さと、湿気を孕んだ海風に当てられて、靡くはずの髪も忽ちべたつき、それよりも何よりも、直ちに噴出す汗にまみれ、斯くの如く南海的逍遥遊は開始されにける。
ほんの僅かな間ではあったが、現在の長髪を恨めしくも思ったものだが、南島原人の昔を感じる為にも?、今回は可能な限り此の長髪を引きずって移動を続けたいなどと思ふ。
                
それにしても此の強き日差しを見よ。青き空も、そして飛来する真っ白な積雲も、森の緑も家の縁取りも、そして人々の眼差しや顔の造作までもが、全て明瞭であり、目新しきものばかり。見慣れぬ町並みや商店の看板や、見知らぬ南国の花々を横目に、嗚呼此処でも我輩は既に異邦人であるよと、ふと思ふ。
我々は何処から来たのか、我々は何処に行くのかなどてうことはまったくだうでもよいことなのであって、流れ着いた先が此処であれ、行く先が何処であれ、矢張り今一番重要な事は「此処は何処か」てう疑問であって、此の問ひかけに対する解答は、永遠に無い。