其の、日暮らし

日常の風景として

丸岡孝吉は、運転中も仕事中も休憩中も歩行中も常に缶コーヒーを持ち歩く粋なオヤジだ。
銘柄にこだわる方ではないが、無糖は苦手だし、微糖もどちらかと言へば好きではない。そんな丸岡オヤジの為、妻の佳子は月に2度ほど、自転車で20分ほどのところにある年中安売りの量販店で、カートンごと缶コーヒーを購入することが習慣になってゐた。
丸岡オヤジが初めて缶コーヒーと遭遇したのはかれこれ10年以上前のことだが、これほどしきりに飲み出したのは約4年前、30年以上続けて来た喫煙をやめてからのことだ。禁煙以来、口寂しさを紛らはすために間食が増ゑ、体重もそれなり増加してしまったが、妻の体重増加の理由には別の原因が有るらしい。
数年前には健康診断で尿にタンパクが検出され、医者から缶コーヒーの摂取制限を勧告されたものの従はず、今では起きてゐるあいだじゅうずっと、缶コーヒーを携へてゐると言っても大袈裟ではないほどになってしまった。とはいへ、1本の缶コーヒーを矢鱈滅多羅がぶ飲みするワケではなく、日に数本をちびちびねちねちと啜るワケだが、その光景はさほど美しいものではない。
        
佳子「先週言っておいたでしょ、今度の缶コーヒーに付いてるシール、取っておいてくれた?」
孝吉「あぁ? どんなんだっけ。」
佳子「どんなんだって、今持ってるぢゃない缶を。其処にシールみたいなのが貼ってあるでしょ。」
孝吉「あーコレかぁ。こんな小さいの、いちいち取ってるワケないさ。」
佳子「まあイヤだ。困っちゃうわねー、あれだけ言っておいたのに。芳美さんに頼まれてんのよ、集めといてねって。達也がね、あの景品のジャンパー欲しいって言ってたらしいのよ。こないだ私がねこんどの缶コーヒーの箱、自転車から下ろしてるとこ見てたらしいのよ。」
孝吉「芳美さんもケースで買って来りゃーイイんだよ、同じの。泰三だって飲むんだらう缶コーヒー。」
佳子「そりゃー飲むわよ。でもあーたみたいに矢鱈滅多羅飲むワケぢゃーないんですから・・・」
孝吉「でも腐るもんじゃーないんだから、芳美さんが買って来りゃーイイんだよ。車だってあるんだし。」
           
言ふまでもなく泰三は孝吉夫妻の長男であり、芳美は北海道から来た利発な嫁。達也は彼らの長男で今年から中学生。孝吉の初孫でもあるのだから、可愛くないワケがない。そんな孫のため、景品のジャンパーを当ててやらうと、佳子にも伝へぬまま、密かに缶コーヒーのシールを集める孝吉であった。
      
(−_−)何の話?
        
           
      
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