イネの栽培化の説明に対するいくつかの疑問

冬枯れの軒先に赤い灯火

  1. 「一年性の野生イネが湿地に種子で播かれて栽培化される」?:イネの直播き栽培が大変困難であるてう現実と矛盾する。亜熱帯や温暖な地域の湿地では雑草は何の制約も無いので恐るべき勢ひで繁茂するが、湛水状態の水田などでは播いた種子に水中に浮遊する土の粒子が皮膜のやうに覆ひ被さると呼吸が阻害されて発芽出来ない。
  2. 「畔を作って水を湛へる水田てうものが、畑にいくら水が流れていても自然には出来て来ない」?:畑に掘り棒で稲の種子を播いたとしても、雨が降ってそこに水がたまるやうなことがあれば発芽出来ない。また、傾斜地で不用意に畑に水をためれば、土砂崩れが起きかねない。中尾佐助の「山棲みの焼畑農業は発展とともに、階段耕作の永久畑、永久水田にすすんでくる。段々畑、段々水田はそこで一つのクライマックスとして出現してくる」てう主張は考へ難ひ。
  3. 「畑に栽培される陸稲(オカボ)と水田に栽培される水稲の性質の違ひの問題」?:両者は水分条件に対する耐性の違ひではなく、実際には大きな違ひは無く、大方の稲は水陸両用である。陸稲でも水田で栽培すると収量が多くなる。水稲に比べると陸稲は色々な点で特殊化してゐて、野性的性質から遠くなってゐる。従って稲の変化の筋道は[野生イネ]→[水稲]→[陸稲]であり、陸稲から水稲の性質に戻ることは殆ど不可能であるので、陸稲栽培が水稲栽培に先立って長期に存在したてう議論には疑問がある。
  4. 「イネの一年性と多年性の問題」?:一年性のものは穂が出て実を付けると株が枯れて翌年は育成しない。野生のイネは基本的に多年性であり、茎葉を伸ばし株を張って繁殖する水辺の植物であり、タネをつけて繁殖するのは副業でしか無い。もともと水辺の多年性の草であったイネが、山地の焼き畑で直播きされ、そこへ水が溜まって水田になった。そして陸稲が水田に栽培されるやうになったてうこれまでのシナリオには、明らかな無理が有る。

      
イネの栽培化と苗代、田植ゑ、水田栽培などを自然に導くやうな、これまでとは違った想定は?
     


稲作の起源 (講談社選書メチエ)

稲作の起源 (講談社選書メチエ)