調和と霊感

このキューブを見よ!

冷たい北風が憂鬱な雨雲を呼び寄せ、冷たく激しい雨が降る。手足の指先も冷ゑきって、思はずフリース製の靴下を穿きました土佐。
さて、今宵の白眉はNHK音楽祭のハイライト、マーカス・ロバーツ・トリオと小沢征爾指揮のN響による、ガーシュイン「ピアノ協奏曲ヘ長調」。オーケストラとピアノ・トリオがお互ひにノリを競ひ合ひ、時に和合し時に齟齬。小沢はいつから指揮棒を持たなくなったのかは知らねども、大仰にゆっさりもっさりジャズの旋律に身体を委ね、揺れ動く。マーカス・ロバーツは盲目のジャズ・ピアニスト、1963年メリケンフロリダ州ジャクソンビル生まれ。ひらひらと鍵盤の上を舞ふやうな、軽く華麗なタッチ。音抜けも多いが、高音部に展開するトゥリルやアルペジオは見事だった。ウィントン・マルサリスのバンドでも活躍中。とにかく、曲自身の斬新さと楽しさも含め、いろいろ見直し(聴き直し)た演奏だった。
次は小菅優の独奏による、ベートーベンのピアノ協奏曲第4番。サカリ・オラモ指揮するフィンランド放送交響楽団の独特な響き。北欧風と一口に言ってしまへばそれまでのことだが、今まで聴ゐたことのない素朴さと透明感に満ちたハーモニー。コンコルド=調和とインスピレーション=霊感。そんな爽快な背景に、小菅優のこれまた明瞭で輪郭の極めてはっきりした、それでゐて芯のしっかりしたピアノが可憐に舞ふ。カデンツァも力強く瑞々しく、大変好感の持てる演奏だった。優ちゃんご本人は所謂瓜実顔の平安系美人でした。
其ノ後は本場のフィンランディアと、そしてマーラー交響曲第4番。聴いてみたかった第1楽章と第2楽章はお預けで、静かに始まるアダージョ第3楽章とフィナーレのみの放送。サカリ・オラモは速度も音圧も自由に伸縮させ、自由と幸福感に溢れた音世界を紡ひで行く。その上を舞ひ遊ぶやうに、ソプラノの歌声が軽やかに響き渡る。それはそれはいくつもの発見に満ちた幸せな時間。
いつしか雨は去り、雲間に星々が冷たく瞬く。空気は確実に、冷たさを増した。

トルース