多情仏心

綿の花開く

カンボジアに長く君臨したノロドム・シアヌーク国王が退位を表明し、新国王にシハモニ殿下が決まったやうだ。シハモニ殿下が居るならばミニモニ殿下もヘゲモニ殿下もタロイモ殿下も居さふであるが、そんなことはさておき激動の人生を彷徨ったシアヌークもすでに81歳、息子のシハモニは51歳だから、満を持しての即位てうことになるのだらうか。今回の人選を行った王室評議会のメンバーが、なかなかの顔ぶれである。フン・セン首相を筆頭に、チア・シム上院議長、ラナリット下院議長などなど、腹に一物も二物五物も百物もも有りそうな面々が名を連ねてゐる。とりわけ奇妙なのはシアヌークの天敵であったはずのフン・センが加わってゐることで、本人の意思でないとすればそれはひとゑに外圧の賜物であらう。
我輩がアンコールワットやアンコールトムの地下に隠された秘密基地(トゥームレイダーララ・クロフトが破壊したはずだ)の探査の為にシェムリアップに潜伏してゐたのは1997年夏のこと。ポル・ポト派との最後の内戦最中で、観光客のいない遺跡群を時間を掛けて巡礼することが出来た。そんな或る日、期せずして療養先の北京から帰国してきたシアヌーク国王の行列に遭遇したのだ。朝から何となく村の大通りが騒がしいなと思ってゐたら、空港から王宮までの沿道に近隣から小中学生が国王歓迎のために動員され、集合しつつあったのだ。やってきた行列は大仰で、警察軍隊の先導に続き大型ジープに乗った国王夫妻が大勢のお供を従へてにこやかに手を振って通り過ぎて行った。それは或る意味微笑ましい風景であったが、カンボジアの現状を知る者にとっては大変複雑な心境にさせられたものだった。
カンボジア北朝鮮は友好国のため、偉大な将軍様の心温まる甚大なご配慮により、シアヌークボディガードは平壌直送、むくつけきチョソンサラムだ。いつまでたってもどこの鞘にも納まらない内政に嫌気をつかして、病気療養と称して普段は北京で贅沢三昧。国民庶民には絶大的人気を誇ってゐても、国内に敵は多い。先年やうやう一応の結末を見たポル・ポト派の懸案やら、クーデターを画策する軍閥や策略のみに生きる政治家などなど、アジアの混沌と矛盾と悲劇を全て内包したやうな国家なのだ。そんな混沌の中心である首都プノンペンにも、当然巨大な王宮がある。しかしいざこざを嫌ったシアヌークプノンペンに居ることは稀で、例へ数日滞在したとしてもその後直ちに向かうのがシェムリアップの王宮(離宮)なのだ。現実逃避の体現者である国王にとってシェムリアップは、彼を褒め称え慕う者どもが多数を占める桃源郷なのだ。
シハモニ王はシアヌーク6番目の妻の長男。チェコ留学や巴里のクメール舞踊協会総裁、ユネスコ大使を経て北京でシアヌークの世話をして遊んでゐたさふだ。政治色の希薄さが買われたところから察するに、シアヌーク院政を敷くための布石なのかもしれない。とにかく、気紛れと飽きっぽさが特徴だったお父上様の気質がどれほど受け継がれてゐるのかが、ちょっと気になるところだ。
勿論、ミニモニ殿下も気になる。

新月を過ぎて、ラマダンに入る。但し我輩はイスラム教徒ではないので、今夜は金ちゃんヌードルを食べた。