天花粉有情

昔は紙製の缶もありました

「てんかふ」こと「天花粉」、又は「天瓜粉」、しばしば「シッカロール」、時には「ベビーパウダー」を知らない人の居ることに改めて驚く我輩であったが、知らぬものは知らぬわけだからいたしかたあるまい。でもよく考えてみると、最後の「ベビーパウダー」てう名前は変だ。赤子の粉のやうで、不気味でさへある。でも古代中国の皇帝なら、使っていたかもしれないな、などとふと思った。
さておき、そもそもは「天瓜粉」(中国語の発音はティエン・クワ・フェンであることを考えると、その日本語訛りが「てんかふ」になったのだらう)が内容をよく現してゐるのであるが、キカラスウリの根の澱粉成分を用いたもので、あせもや肌の爛れたり荒れたりした部分に付けるものだ。又ずれにも有効であるが、我輩の目的範疇には無い。(キカラスウリなら庭にいっぱい自生してゐるから、根を掘ってみるかな)「天花粉」と書くのは天花即ち雪のやうな真っ白い粉の見てくれに由来する風流な名称であり、現在放映中の連続テレビ小説に由来するものではない。また、相撲取りが天花粉を使用してゐるのではないかてう報告も受けたが、未確認である。
赤子やコビト持ちの家なら年中使用してゐる場合も多々有るだらうが、その場合は「ベビーパウダー」てうハイカラな名称で普及してゐる場合が殆どであらう。我輩にとってはご幼少の砌、或る時期毎年夏になるとかなりひどいあせもに悩まされてゐたことがあり、毎日何度も家人によって首回りや脇の下に塗布されてゐたこともあって、どうしても夏を連想させる香りとしてインプットされてゐるのだ。爽やかで素朴で清潔感有る香りは、石けんのそれに近い。それでは残る「シッカロール」は何語かと言ふと、シッカチオ(乾かす)てうラテン語に由来する名称で、明治時代にはすでに使用されてゐたものなのだ。
今我輩の手元には「和光堂ベビーパウダー シッカロール」が常備されてゐるが、密かに中国製のものも所有してゐる。「紅灯印あせもパウダー」である。こちらの主成分は何なのだらう、独特な手触りと薄荷系の香料が入ってゐて、日本製のものより多少伸びが悪いことなどもあり、殆ど使っていない。思ふに、滑石成分が澱粉成分より多いのかもしれないな。でも足の裏には中国製の方が宜しいのだから、不思議なものだ。
別に天花粉まで自家製造する気は無いものの、先日滑石成分に極めて近い石粉を頂いたので、小さなビニル袋に入れて持ち歩いてゐた。ところがふと気付くと、これが見てくれは覚醒剤そのものであり、常日頃人民によって常人とは認識されていない我輩(超人又は偉人又は奇人又は変人と思はれてゐるらしい)がかようなものを持ち歩いてゐると、たちまち警察に通報されるか宇宙人に拉致されるに相違ない、てう警句を頂いた。かくの如き進言を聞いて慌てて白い粉を隠匿せしむれば、その方が更に怪しいワケで、日頃の行動は自ずから慎まねばなるまいぞ。李下に冠を直さず、地下に芋を求めず、余暇を有効に使う。時価に怯える者は真の美味を知らず、歯科を避ける者は親不知。これらの諺が我々に教へむとするものは何か、てうことを知る為にも、万人改めて天花粉を使ってみるべし。