宇宙の抜け殻

葡萄の葉の裏の物語りでもある

空蝉を見ゆ。脱皮は成長の証、そのプロセスの残滓、たましひの抜け殻? こころはこんな弱々しいうつわに入っていたのだらうか? たましひはこんな半透明の皮膜に被われていたのだらうか? わたくしのうつせみは、どこに忘れてきたのやら。
海を見ゆ。海の皮膜は時にさんざめき、波立ち、泡立ち、たゆたひ、うつろふ。海の皮膚は小舟を浮かべ揺らし、空の蒼や雲の白や深みの碧を映し、姿無き月の作用で満ちてはまた引く。潮騒や怒濤に耳そばだてて、人は海洋の揺籃に抱かれて眠る。人々を抱き眠らせる海自身は、いったい何時眠ってゐるのだらう。
花を見ゆ。虫を集めてなほも美しく、かぐはしくさやけき花びらの重なりは、人間の知らない太古の謎を秘めている。人は花を手折りて身近に置いて、花の美を語る言霊を借りて銀河の虚空に思ひを馳せる。花を語ることは、その花が例へコスモスで無くとも、宇宙を語ることになるのである。
空蝉と海と空を繋ぐものは、風であり音である。風は空蝉の殻を鳴らし海の皮膚を撫で空を往還する。音はうつせみの殻を突き抜け海のさざめきを同期し風とともに去る。音を奏でることは、宇宙を動かすことである。天体の音楽は、空蝉の背中の裂け目からも聴くことができるのだ。うつせみが宇宙の抜け殻でないという保証は、無い。