浮き草的水草的藻的人生

フラクタルな世界

庭の中の小さな水辺。水辺を彩る涼しげな動植物たち。
雨水受けから始まったプラスチックコンテナと、海岸から拾ってきた大きなプラスチックの樽、そしてヒビの入ったナマコ火鉢が三者三様の水辺を創り出している。一昨年買ってきた睡蓮はなかなか大きくならず、花の気配も無いので枯れてしまったのかな、と思っていた。冬には葉も腐り溶けてなくなってしまうのだけど、水中の根っこはしっかりと生き続けていたのだね。今年になって、炭入れとして遣っていた一回り大きめのナマコ火鉢に睡蓮の一株を移植してみたところ、葉ばかりどんどん茂りはじめ、火鉢の縁を大きく飛び出して水面も見えないほどに成長し始めた。これでは葉が繁茂し過ぎと判断し、何枚かを切り取ってみたところ、蕾を1個発見した。今までの環境では狭すぎたのかしらむ?
睡蓮の移植と同時に、パピルスの如き美しく鋭い立ち姿のものと、これまた名も知らぬ、花の如く葉が並び開く水草を購入し、移植する。バイカモのような可憐な小花を次々と咲かせる藻や、ホテイアオイ、ウイローモス、更にはいつのまにか水辺の一部、風景の中に溶け込んでしまっていた水苔と、小さな小さな黄緑色の葉の浮き草などば相俟って、美しい景観を創り出している。
水面に顔を近づけてよくよく見ると、日光の御陰様で無数に発生した酸素の泡が立ち上り、どこかで発生したミニタニシ、生まれたてのメダカの子ども、藻の花ばかりを食べて回っている小さめのでんでん虫や、水分補給に立ち寄る?アシナガバチや、狭くなってしまった水面を確認に訪れるトンボの姿。これでアマガエルでもいれば立派なビオトープだな。
こんな水辺を、大事にしたい。