王都の殷賑

1日遅れのゴッホ

アンコールワットにもう一度行ってみたいな、と思う。
1997年8月のカンボジアはまだ内戦中。中国から陸路隣国ベトナムに入り、ひたすら南下。ホーチミン市こと旧サイゴンに入り、ひたすらプノンペン行きルートの情報収集をしていた。
そんなうちにも局地的に内戦が激しくなり、カンボジアからサイゴンに逃げてくる旅行者が増え、そんな彼らからほぼリアルタイムで情報を得るという皮肉な状況だったのだ。
今から思うとかなり危険な目に何度も会いながら、トンレサップ湖をスピードボートで渡り、シェムリアップに到着。その頃にはアンコールワットはほぼ無人の状態になっていた。というのも、ポル・ポトが潜伏してゲリラ戦を行っているタイ国境の山岳地帯まで、さほど遠からぬ距離で、時折遠くから銃声とも爆発音ともつかぬ音が響いてくる状況だったのだ。
そんな危険と裏腹の好条件で、思う存分ゆっくりとさまざまな寺院や遺跡を堪能することができたわけで、考古学者という属性を捨ててもなお、五感を越えた感興に満ちた至福の時間を過ごすことができたのだ。
その後ポル・ポトが拘束され死亡し、見かけの和平が徐々に現実化し始め、治安も回復されていった。念願だったタイとの国境ゲートも開放され、陸路での往来が自由になった。平和な時間を取り戻したアンコールワットは観光客で溢れ、かつて静寂の黎明を一人で歩いた長大な参道も、日によってはすれ違うも難儀なほどの人々の姿が報道されていた。
喧噪は王朝往時の盛況とはほど遠いものだろうけど、人間の息吹に満ちた王都の片鱗も、少し味わってみたいな、などと思ったのだ。