少年時(中年詩)


   
   
   
黝い石に夏の日が照りつけ、
 
庭の地面が、朱色に睡つてゐた。
 
 
地平の果に蒸気が立つて、
 
世の亡ぶ、兆のやうだつた。
 
 
麦田には風が低く打ち、
 
おぼろで、灰色だつた。
 
 
翔びゆく雲の落とす影のやうに、
 
田の面を過ぎる、昔の巨人の姿――
 
 
夏の日の午過ぎ時刻
 
誰彼の午睡するとき、
 
私は野原を走つて行つた……
 
 
私は希望を唇に噛みつぶして
 
私はギロギロする目で諦めてゐた……
 
噫、生きてゐた、私は生きてゐた!
 
                     (中原中也
   

   
   
そしていつまでもいつまでも晴れやらず
  
雲は無限に押し寄せる
  
   
渚には、得体の知れぬ南洋の古代魚
  
まるで私に発見されるためだけに進化を止め
  
身を腐らせて横たはる。
   
  
さあ、瘴気よ去れ!
  
今此処にうつろ船を浮かべ、補陀落に渡海せよ!
 
                     (燐電太子)