呪物と文物のはざま

的士専用空間

阿修羅王子様のかむばせは赤々としたしなやかな体躯とともに虚空を凝視し網羅し静謐裏に凍結せしめ時間を静止させ魔王を退散せしめ衆生を魅了し千年を経て猶健気に神秘の金枝を宇宙に放出し続けてゐる。
いにしへのお姿は文字通り、赤裸々とされてゐたのだ。
  
全身に纏った数々の装飾品は既に鶴岡氏が『阿修羅のジュエリー』で指摘されたやうに、繊細華麗で煌びやかだ。アシュラ・デコラティヴは王子様が現実現世の存在ではないことを表すものだ。個々のジュエリーは当時の高貴な人間様が身につけてゐたものをもとにして、更に意匠を彼岸仕様に仕立てて組み合はせたものだらうが、現代日本人の美的感覚からは欠落して仕舞ったものだ。
時間の仕業によって古び寂び、光沢を失ひ表皮の剥落していくさまを許容し、更に佳しとして仏堂に配し時に伏して拝み畏怖し崇敬し続けてきた我が邦独特な価値観も尊敬されるべきであらうが、時には斯くの如き観点の醸成されてきた過程を遡上し、雅で華麗な天平時代の須弥山世界に遊ぶことも必要ではないか。
とまれ、昨天の奥州は平泉に展開した黄金色の浄土世界も宇宙的であったが、嘗て興福寺西金堂内部に安置されてゐた仏像世界も濃厚だ。光明皇后が母への思慕の念を込めて造像させたとの縁起だが、記録に因れば本尊は丈六の釈迦如来1体と脇侍菩薩2体。それに羅漢10体、羅睺羅形1体、梵天像1体、帝釈天像1体、四大天王像、八部神王、獅子吼1体、菩提樹2根、宝頂1具、金鼓1台などが同時に造られたやうだ。往時の情景や如何に・・・
  
更に今回の展示内容が興味深いのは、八部衆十大弟子立像の他、中金堂須弥壇の鎮壇具として地中に埋納された数々の文物が公開されてゐたことだ。既に明治7年に出土してゐた遺物(金・銀・水晶・琥珀・瑠璃・銅鏡・刀剣など)や明治17年に出土した銀椀や水晶玉に加へ、平成13年の調査での出土品も展示されており、圧巻であった。
  
これらは地中からの出土品てう意味では考古学的遺物だらうが、信仰の神髄本懐を構成する重要な呪物であることを考へると、再建される中金堂の須弥壇鎮壇具として、1300年の後に再び地中に埋納されるべき文物でもある。
国宝であらうが考古学的遺物であらうが、それは後の世の人間様の価値観でしか過ぎないワケで、とりわけ考古学は其の名の下に無数の墓を思慮遠慮無く暴き、いにしへの人々の祈りを酌量することなく取り扱ひに過ぎた。これからは最低限の礼節を以て、地中に返納すべき文物は過去の祈りを尊重し、地中に戻すべきであらう。