幻視世界

有機的な螺旋階段

ギュスターヴ・モローは気になる画家だ。
1895年、彼は自分の生家を改築し、自作を収蔵するためのアトリエ兼美術館を作った。幻想的な創造力の源泉は、聖書やギリシャ神話ばかりならず、夢の世界から連れ帰った様々な人物や現象をも混合し、独自の世界を造り上げた。
サッフォー、サロメオルフェウスなどは執拗に採り上げられた題材だが、此処には壁一面に巨大な作品が隙間無く配置され、窓辺に埋め込まれた特殊なカラクリのフレームには、鑑賞者が自ら頁をめくるやうに自由に見ることが出来るスケッチが多数保存されており、何時間居ても飽きることはない。
そしてなによりも、人々を上階に導くやうに、巨大な蛇体のやうな、太い葛のやうな優美な曲線の螺旋階段が存在感を顕示してゐる。
この日の入場者はなぜか日本人ばかり。我輩の他にも若い人たちが5人も6人も、部屋のあちこちで作品をじっと見つめてゐる。何かの研修なのかと思ったが、二人連れだったり三人組だったりと別々のグループらしい。毎日このやうな状況なのだらうか? 確かに日本人客は多いのだらう。デッサンのフレーム脇に示された注意書きには、フランス語、英語の次に日本語で書かれてある。
1時間半を此の不可思議空間で過ごし、夕暮れの街に彷徨ひ出る。