蚊取夜話

観音、助け給へ・・・

今夕、現場工作管理所の片隅で、蚊虫らしき羽虫の浮遊せるを見たり。
此の工作所への往来も残り1ヶ月ほどとなり、同時に招待所での潜伏も同様の時間を残すばかりとなったワケだが、自宅ならいざ知らず、蚊取り線香を焚く機会は果たして有るや無しや。
我輩にとっての「夏の扉」は、此の蚊取り線香の香りに他ならず、其の香りは鼻腔に達するや否や時空を超ゑ一瞬にして少年時代のあの日あの頃や、旅の中の壱情景をリアルな感覚に置換してさまざまな記憶と共に脳中に再現する力を秘めてゐるのだ。
勿論、蚊取り線香の主要殺虫成分が化学合成のピレスロイドなどに代用されて久しいが、嘗て一度除虫菊の葉を七輪に焼べてみたことがあった。予想に反して青臭く、とても香ばしいとは言ひ難ひ香りだったが、線香の主要成分は大鋸屑などの木質であって、其処に少量の薬草を練り込んで薬効成分の緩慢な焼成を期待した製品なのだ。
それにしても蚊取り線香がいつ豚と結託して蚊取り豚(蚊遣り豚?)が誕生したのかは永遠の謎であるが、ニタリノフの便座宜敷く、我が在りし日のパキスタンの夏の日々を思ひ出した。中国側からカラコルムハイウェイを通ってクンジュラフ峠を越ゑ、パキスタン北部のフンザだのギルギット辺りに残された仏教の痕跡を訪ねて歩いてゐた頃、真夏てう季節柄行く先々で蚊虫に悩まされてゐた。雑貨店の店先には数種類の蚊取り線香が並んでゐて、容易に入手する事が出来たのだが、驚いた事に日本製のものまで売られてゐたのだ。
それらはいずれも10巻ほどが紙箱に入っており、1組ごとでの購入も可能なところがオシャレだったが、一番安いのが中国製。次に印度だのインドネシアだの何処とも産地の知れぬ製品が中間に位置し、一番高いのが日本製。貧乏旅行者の必定として、もっとも安い製品を購入せむと店のオヤジに金を出すと、「これは効かないので、こっちのにせよ」と中間価格のものを指差すではないか。いらんことを言ふでないと、一番安い中国製を買って宿に戻ったのだが、言はずもがな、まったく効かないどころか蚊虫が悠然と煙の中を浮遊してゐるほど。翌日再び商店を訪れ、オヤジオススメの中間物質をバラで購入してみたのだが、蚊虫の忌避殺虫には効いてゐるらしいものの、形容し難ひイヤな煙の臭ひが頭痛を齎して少しも眠られず、お手上げ状態に・・・
結局高価な日本製を買うところに話は落ち着くワケだが、そもそも全く効かない蚊取り線香とはいったい何モノであるのか? また、蚊虫と同時に人間様まで弱体化させてしまう成分とはいったい何であったのか? 素朴な疑問は本質を炙り出すが、世の中には知らない方がココロの安寧の為には宜しいコトも多々有るのだね。
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ASIN:B000FQU0JU 紀陽除虫菊 夕顔 蚊とり線香 50巻 線香立て具 2枚入り [防除用医薬部外品]