辟易半島

ムグンファにあらず

現在大韓民国では、「独立回復60周年記念」行事のさまざまな準備が進行中とのこと。その一環として、ソウル特別市庁舎を3600枚の太極旗で覆ふ工作が完成し、広く公開されてゐたのだが、余りに美的感覚の欠落した仕上がりに、驚いてしまった。当の韓国市民は、日帝時代を象徴する建築群の一部である市庁舎を太極旗で覆ひ隠すことに成功し、満意なのだらうか?
覆ひ隠されたソウル特別市庁舎、その原点は旧京城府庁舎(市役所)であり、1925年3月着工、1926年10月竣工、朝鮮総督府建築課所属の岩井長三郎・笹慶一に因る設計、小寺組施工、鉄筋コンクリート四階建ての建築物であり、1995年の独立50周年光復節*1に取り壊された旧朝鮮総督府(1926年竣工)同様、所謂「日帝」時代の象徴的建築物群のうちの一つだ。
韓国銀行本店(旧朝鮮銀行本店*2、1912年竣工)も、ソウル駅(1925年)も、国立民俗博物館(旧総督府美術館*3、1939年)も、国立現代美術館(旧李王家美術館、1937年)も、全て憎っくき日帝時代の建物だ。
去年だったか、ソウル市庁舎前の巨大な広場の中央に、巨大円形芝生広場が作られた時、「四角い区画中に丸い模様はまるで日本の国旗のやうだ」だのと抗議が寄せられたさうだが、そんなにいろいろ気に入らないなら、日帝時代の建築物など一掃してしまうが宜しい。
これに加へ、「日帝の残滓を取り除かう」作戦も進行中とのことで、真っ先に根絶しなければならないものとして、日常に密着して入り込んだ日本語(単語)が槍玉に挙がってゐるらしいのだ。マンタン、イッパイ、ヨージ、ワリバシ、カバンなどなど。歴史的文化交流や植民地関係を背景にして、両国の言語にはお互ひの言語に由来する言葉や表現が深く浸透してゐるのだが、先日言及した仏蘭西国同様、全て自国語に置き換へて、うんと不自由すれば宜しい。我が邦では、「ハナ」っからキムチだのモゴモゴだの「奈良」だの、チョスンマルに由来すると思はれるコトバや表現を、今後も威風堂々と使ひ続けるだらうが。
でも、「マニフェスト」てうのは気に入らんな
(-_-)いずれにせよ辟易にて候

朝鮮総督府の歴史 朝鮮の風水 (韓国併合史研究資料)

七夕

*1:1995年8月15日光復節当日、旧朝鮮総督府(当時は国立博物館)の取り壊しセレモニーを目撃せむと、我輩と友人は世宗路角地に陣取って、延々と続く奇妙なパレードを眺めてゐた。式典のクライマックスは総督府中央塔屋上のドームの爆破であったが、見てゐた限り火薬の不足からか爆破によるドーム部分切り離しは失敗し、工人達により手作業で分離され、クレーンで地上に降ろされたやうだった。

*2:日韓協約で韓国の財政権を掌握した日本は、第一銀行に韓国の中央銀行たる任務を付与し、直ちに建設されたもの。施工中に日韓併合が行はれ、新たなる中央銀行として朝鮮銀行が設立された為、竣工時にはこの建物は朝鮮銀行本店となった。設計は日本銀行本店を設計した辰野金吾

*3:朝鮮総督府施政25周年記念の建築物