予兆

ワルキューレ風の波

巨大な台風が接近中であることは、すでに数日前から察知されていた。天気予報を見ていたからではなく、風や雲や波の尋常ならざる微妙な動きから、台風の存在を感じ取っていたのだ。
ここは太平洋岸なので、南海洋の動きには極めて敏感なのだ。風がさほど強くないにもかかわらず、妙にうねりが高かったり、神島や岬の山の頂が南方から押し寄せ来る湿気によって燻るようにけむっていたり、普段は沖の方に見える潮目が、歪んで岸辺にまでのたうち回っていたり・・・
髪の毛がまったく纏まらなくなったり、頭痛や腰痛のかけらが顔を出し始めたりもするのだ。
今日はすでに朝から南東方向に灰色雲が高速で飛来し、時折霧雨が疾風と共に去来し、無秩序に木々を揺さぶり、何か巨大なものが遙か彼方の海彼の果てで蠢いているなということを察するに十分な天象だった。この家には打ち付ける雨戸も無いが、せめて庭にあるものが飛ばないように片付けたり、トマト・キュウリ・葡萄などの作物が死んでしまわないように、やたらと紐で支柱に縛り付けたりした。すでに雨漏りの常習犯である箇所の押さえを厳重にしてみたり、受け皿の位置を工夫してみたり、ひとつ始めるといろいろなことが連鎖的に発生し、結構忙しい。
すでに霧雨は断続的に降り続けているが、風は寧ろ静かになった。所謂嵐の前の静けさというやつで、これがかなり不気味さを増すのに役立っているのだ。去年の台風時は、最大音量でワーグナーのオペラを聴いていたっけ。今回もすでにCDは用意してあるのだが、何故台風とオペラ、それもワーグナーが良く合うのかは不明だ。
いずれにせよ「ワルキューレ」はクライマックスの時用に取っておかなければならないので、「ニュルンベルグマイスタージンガー」から始めませうか。