北欧系神話の現像

舊暦正月十七日の春雨にけぶる

 
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【コンサート備忘録】
エサ=ペッカ・サロネン指揮 フィルハーモニア管弦樂團 @愛知縣藝術劇場コンサートホール
2015年3月3日(火) 開場/18:00 開演/18:45
出演:ヴァイオリン:ヒラリー・ハーン
プログラム
  シベリウス交響詩フィンランディア」 op.26
  ブラームス:ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.77
  シベリウス交響曲 第2番 ニ長調 op.43
 
小手調べ的「フィンランディア」の演奏。新たな抑揚を體感することが出来たが、樂團員も指揮者も、ウォーミングアップてう感じ。サロネン本人は愛想笑ひもなく、どちらかと言ふと無表情。
そしてヒラリー・ハーン嬢が出現し、劇的なブラームス世界が展開していった。残念ながら鑑賞席が樂團の正面左手脇だったので、ヒラリー嬢の體に遮られソロ・ヴァイオリンの音色が間接的な(回り込んだ)響きであることが多かったのだが、音の豊かさと音壓の高さはよくわかった。カデンツァなどはかなり大胆且つ饒舌な表現で、大きく體躯を揺らしうねらせ、時に優しく官能的な響きを奏でる。小柄な印象の彼女であるが、實に男性顔負けの勇猛な演奏だったと思ふ。ソロ演奏が無い部分では指揮者然とオーケストラの奏者を見渡し、リズミックな部分では身を揺らして気分を盛り上げてゐる様子は見てゐて面白かった。アンコールは定番のラルゴではなく、パルティータ第3番のジーグだったけど、まうちょっと冒険的な小曲でもよかったかも。
さて圧巻且つ問題だったのはシベリウスの第2交響曲で、正直此処まで複雑な構造と精神性を持つ作品と自覺したことはなかったものだ。特に第1樂章冒頭に現れる、木管による牧歌的な樂しげな旋律に誤魔化されてはいけない。第2樂章などは最たるもので、何人も何人も次々と夜通し現れる語り部たちの神話や物語を、夢現に延々と聴いてゐる感覺。幸い?サロネンは左手のヴァイオリンの島に向かって執拗に激しく指揮する癖があるらしく、様々な表情を見下ろすことが出来たわけだが、完全にスコアは脳裏に有り、更に文字通りの手探りで断片を手元に手繰り寄せ、より大きな物語りに取り纏めていくやうな手法。時には金管群の咆哮を更に煽り、同時にチェロとコントラバス金管群と対峙するやうな音量を求める厳しさ。作品の難解さもさること乍ら、幾多の苦悩を経てフィナーレの勝利の旋律へと導く手法はかなり過酷で、聴く者にも緊張を強いる。*1
この野性的と言ふかアグレッシブなオーケストレーションこそシベリウスの魅力そのもので、こと金管に關しては「フィンランディア」での使ひ方を引くまでも無く、巨大なオーケストラの中に獨立したブラスバンドが同居し、至近距離から攻撃し合ふやうな音場を創り出してゐる。
兎に角圧倒的な音量とスケール感で終はる。そして此の2番で強いられた緊張感を解きほぐすやうに、アンコールは緩急自在に操る「悲しきワルツ」の絶妙さ。*2
まうタメ息しかないほどの心地良い脱力感でコンサートの終はりを迎へた。
とまれ、先日のドイツ・カンマーフィルとは對照的なオーケストラで、開演15分以上も前からオーボエクラリネット奏者のおじさん2人が椅子に座っており、樂器を手にしてはゐるがコンサートホールを見回しながらお喋りしてゐる。そのうちトロンボーンが1人とチェロが2人、のっぽのコントラバス奏者がふらーっと出て来てチラと樂譜臺を一瞥してそのままふらーっと袖へ。黒人のティンパニ奏者もなんとなく出て来てチューニングしかけてみたり、いつのまにか横のシンバル奏者が出て来て足を伸ばしてぼーっと座っていたりと、兎に角ゆる〜い雰囲氣でこれこそ英國的と言へば英國的なのだが、余りの緩さに苦笑して仕舞ふほどであった。したがって團員が舞台両袖から連續して現れる時にしばしば起こる観客の拍手は、今回は自動的に無してうことになる。
ついでに、エサ=ペッカ・サロネンと言へば屈指のイケメン(=ハンサム?)指揮者であり、現代作曲家でもある。去年だったかiPad AirのCMに出て来た時には、ああいかにもAppleが使ひさうな人選だなと思ったが、指揮者としての彼のシーンではなく、作曲家としての顔を中心にしたものだった。コンサートの合間に曲想を練る時にもタクシーの中でもいつでもどこでも、iPad Airさへあればこのやうに作曲なども出来て仕舞ふのですよてうコンセプトのCMで、其のキャンペーン中にアップルのサイトではサロネンの最近作であるヴァイオリン協奏曲(リーラ・ジョセフォウィッツのために作曲したヴァイオリン協奏曲)がフリー・ダウンロード状態になってゐた。*3勿論直ちにDLして何度も何度も聴き込んでみたのだが、大變興味深い作品であった。
第1樂章はMirage?と名付けられ、冒頭から神経質さうな不快な昆虫の羽音のやうな(追っても追い払ってもしつこく顔の周りを飛び回る羽虫の存在を體感させるやうな)、不安に駆られ小刻みに動き回るやうな音形が續き、徐々に音量と振幅を増加させていく。自筆樂譜には只のMirageではなく、Mirage?と?が付されたところから察すれば、「蜃気楼?」または「幻覺?」とでも訳すべきか。第2樂章はPulse1、第3樂章はPulse2で、Pulseは脈拍?それとも鼓動?と訳すべき? ソロ・ヴァイオリンは次の蠕動の為の休養を取る如く、しばしば透明で空虚なトニックコードの上に舞ひ降りるものの、フラジオレットの金属音に導かれた後には激しいパーカッションの振動と同期し、いつのまにか第4樂章Adieu=別れにまで来てゐた。此処では最早、ソロは伴奏の不協和音と一體化して仕舞ってゐて、古く重厚な地層が山塊ごと隆起してくる情景を幻視させる。しかしいつしか、揺籃の微睡みの中に一縷の安寧を得て幕を閉じる。これはかなり重要な現代曲であり、精神の崩壊や不安心理、更にはガイアの高揚までも感得した上で創造された世界ではないかと思ふ。
サロネンの他の曲としては、CDに同時収録されてゐたNyxなる管弦樂曲も秀逸な作品だった。簡介としては「ギリシア神話の夜の女神のニュクスの名を与えられた単一樂章の管弦楽曲」とあるのみだが、色彩豊かで矢張り透明感ある。月並みな謂ひだけど、北欧系の所為なのかしら? 個人的には指揮者よりも作曲家としての側面に注目していきたい。*4
 

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*1:解説に因れば、フィンランドで愛國作曲家としての地位を得た後、1901年の伊太利亜旅行を機に作曲された作品であり、それまで厳寒の2月しか知らなかったシベリウスが、温暖な伊太利亜の気候と風景に感銘を受けた結果生まれた曲とあった。興味深いことにサロネンもまた、フィンランドから巨人シベリウスの呪縛を逃れるべく伊太利亜はミラノに留學しており、そこで寧ろシベリウスの偉大さを再評価するきっかけを得たと語ってゐる。詳しくは此のインタビュー記事を参照せよ。大變興味深い内容です。→エサ=ペッカ・サロネンに聞く Vol.1 |ニュース|音楽事務所ジャパン・アーツ

*2:パーヴォ・ヤルヴィの時のアンコール曲だったハンガリー舞曲に匹敵する掌握振り。

*3:iPad - Apple(日本)

*4:指揮者としての顔を否定するわけでも拒絶するわけでもなく、彼の指揮するメシアン畢生の大作「トゥーランガリラ交響曲」などもしっかり聴いてゐるよ。