光と闇と光 闇と光と闇


 
 

 
 

 
 

 
 
 

 
*********************
 

 
ダライ・ラマ14世が来日 18回目、各地で講演へ
2012.11.3 10:37 産経ニュースより

来日したダライ・ラマ14世=3日午前、成田空港
 
 チベット仏教の最高指導者ダライ・ラマ14世が3日朝、ニューデリー発の航空機で成田空港に到着した。14日まで滞在し、横浜市那覇市で講演するほか、宗教と科学をテーマに日本の科学者らと話し合う東京都内のシンポジウムなどに出席する。

 空港では信者約20人が出迎え、赤い法衣をまとった14世が姿を見せると、深く頭を下げた。14世は取材に「恐怖や怒りなどの感情とどう向き合えばよいのか、日本の科学者と深く話し合いたい」と述べた。

 ダライ・ラマ法王日本代表部事務所によると、日本訪問は18回目。
 

 
胡錦濤政権、毛沢東の名前を“抹消” 保守派は反発強める 「思想」存続めぐり激しい攻防
2012.10.27 21:06 産経ニュースより
 

【北京=矢板明夫】中国共産党胡錦濤指導部が、11月8日に始まる中国共産党大会で、中国建国の父、毛沢東の革命理念である「毛沢東思想」を党の規約から外す動きを見せている。革命期、冷戦時代に確立された同思想は今日の中国の実情と適合しなくなったほか、重慶事件で失脚した薄煕来氏の支持者が毛沢東思想を掲げて政府批判を強めているという事情が背景にある。毛沢東の家族をはじめとする保守派は毛沢東の記念活動を積極的に展開するなど反発しており、激しい攻防が始まっている。

 中国共産党の規約の中に、党の指導理論・理念として、マルクス・レーニン主義毛沢東思想、トウ小平理論などが羅列されているが、1978年以降、経済発展を重視するトウ小平理論が政策立案の基本指針となり、農民や労働者による革命を重視する毛沢東思想は実質否定された。

 しかし、トウ氏が主導した改革開放によって貧富の差が広がり特権階級に対する民衆の不満が高まった。毛沢東の「弱者の味方」としての一面が再び強調されるようになり、低所得層の間で毛沢東人気が高まった。薄氏が重慶で「共同富裕」のスローガンを掲げ、格差是正を強調したのは、毛沢東の政治手法をまねして民衆の支持を得ようとしたからだといわれる。

 日本政府による尖閣国有化をきっかけに全国に広がった反日デモでは、毛沢東の写真を掲げて「薄書記を人民に返せ」と叫ぶ人の姿もみられた。胡錦濤政権は、薄氏を失脚させた以上、民間の毛沢東崇拝を抑えなければならない。9月下旬以降、共産党指導者の発言や公式文書から毛沢東の名前が消えた。


 共産党筋によれば、党大会の規約改正で「毛沢東思想」を省略することが現在検討されているという。こうした「毛外し」の動きに毛沢東の家族や保守派は反発。メディアへの露出度が少ない毛沢東の長女の李敏氏らが10月初めに毛沢東ゆかりの地である江西省の井岡山を訪れ、1千万元(約1億3000万円)を寄付したほか、毛のおいで、文革後に失脚した毛遠新氏も26日、数十年ぶりに公の場に登場、毛沢東が提唱した水利工事の現場を視察して、毛の功績をアピールした。

 共産党筋は「胡主席らは毛沢東思想を外したいと強く思っているが、党内保守派の抵抗も強い。習近平国家副主席はまだ態度を明らかにしていないため、(外すことが)できるかどうかはわからない」と話している。

 ■毛沢東思想 中国共産革命の指導者である毛沢東の政治理念と革命理論。マルクス・レーニン主義の理論と中国革命の実践を統一したものとされる。大衆路線、実事求是(現実から理論を立てる)、階級闘争などを柱としている。矛盾した主張も多くあり、思想として体系化されていないとの指摘もあるが、第7回共産党大会(1945年)以降、党の公式イデオロギーとして絶対化された。

 ■重慶事件 重慶市トップの薄煕来党委書記(当時)の側近が2月に四川省成都の米総領事館に駆け込んだことをきっかけに、次期最高指導部入りが確実視されていた有力者の薄氏が失脚した事件。毛沢東の崇拝者である薄氏は政治運動で大衆を盛り上げる手法を使い、重慶の企業家らを「暴力団との癒着」を名目に次々と摘発した。保守派に称賛されたが、改革派から「文化大革命の再来」と批判された。
 
 
失脚した総書記の写真展示 党大会前、すぐに撤去
2012.11.3 20:04 産経ニュースより
 8日に開幕する第18回中国共産党大会に向けて北京市内に設置されたプレスセンターに、失脚した改革派の故胡耀邦、故趙紫陽両元総書記が共に写った写真が展示された。2日付の香港紙、明報が報じた。異例の展示として注目を集めたが、写真は3日までに撤去された。

 両氏は共に1980年代の学生による民主化要求デモなどがきっかけで失脚。胡氏は2005年に生誕90年の記念式典が実施されるなど名誉回復が進んでいるが、趙氏は名誉回復されておらず、2人の写真の展示に「改革のシグナルではないか」との見方も出ていた。

 プレスセンターは1日に設置された。写真は誤って展示されたのか、指導部の一部が故意に出したのかは不明。

 写真は短文投稿サイト「微博(ウェイボ)」上にも出回ったため、党大会前に政治的に敏感な話題が広がるのを恐れた当局が撤去したとみられる。(共同)