脈絡と経絡の宇宙


 

 

 

 

 
 
久しぶりに工作員招待所を抜け出して、いまや偉大な神秘空間となりつつあるパナリ荘へ。
買ひ物込みで都合3時間の道のりだが、岬が近付くにつれて風が強まり、ああ、いつものやうに冬の狂風の時期になって仕舞ってゐるのだなあと、信号で停車中にも関はらず北風でゆさゆさと揺れる車内でしみじみと呟いたものだ。
帰宅する頃には既に夜の闇に包まれてゐたパナリ荘だが、神殿部分を中心に次々と光を灯し、香を焚き、そして大音量で音楽を流せばこちらのもの。
LINDENBACH式荘厳空間の出現と相成り候。
 
それにしても何たる曲。なんたる作曲家、そしてなんたる演奏家たち・・・
先日上京時密かに購入した タブラ・ラサ/アルヴォ・ペルトの世界」 はまさに奇跡のアルバムだ。
単なる神秘主義的な音空間を創造するばかりでなく、ペルトの音楽は情緒に満ちてゐる。しかも、強烈な孤独感と感傷に満ちたミニマルな音楽が、切なく心細く、しかしまた同時に力強く情熱的に、常世浪の如く無限の循環で押し寄せ続けてくるのだからたまらない。
一般に、隠者の音楽と称されるペルトの音楽だが、エストニアてう風土に因って醸成されたものなのか、はたまた独自の内観的世界を音楽技法で表現したものなのか、詳しいことはよくわからん。しかし、彼の音楽は余りにも美しく乾いており、孤独で寡黙だ。
 
1)フラトレス Fratres :1977年の作品、ギドン・クレーメルとエレーナ・クレーメルに捧げられた曲だが、このアルバムではギドン・クレーメルキース・ジャレットが共演してゐる。
あまり全面に出てこない、ややくすんだ音色のピアノだが、どことなく古いロマネスクの礼拝堂の奥深くで弾いてゐるやうなギドン・クレーメルのヴァイオリンとはよく調和してゐる。1983年の録音。
 
2)ベンジャミン・ブリテンへの追悼歌 Cantus in memory of Benjamin Britten :ひとつの個人的な挽歌であり、きわめつけの集結和音であり、神秘的な限界体験である。徐々に高揚する弦楽の堆積と遠くから響き続ける教会の鐘の音が、最後では1点に収束し、世界の終はりを告げる。シュットゥットガルト国立管弦楽団による演奏。1984年の録音。
 
3)フラトレス:第1曲と同曲で、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の12人のチェリストのために編曲されたもの。
 
4)タブラ・ラサ TABULA RASA ギドン・クレーメルの委嘱によって作曲された曲。此の曲に関しては、以前詳しく書いたので、そちらを参考にされたし。恐るべきことにこの録音では、クレーメルのほか、タチアナ・グリンデンコがヴァイオリンを、そしてアルフレート・シュニトケがプリアペード・ピアノを弾いてゐる。1977年ドイツ、ボンに於ける、ケルン西ドイツ放送によるライヴ・レコーディングなのだ。さうか、ドイツが東西に分裂してゐた時の演奏か・・・
SILENCIO - DAYS of The Day After Day

兎に角、招待所では筆記本電脳の小さなスピーカーから流れる音を聴いているのがせいぜいであったのだが、小さい力持ちであるBOSEのスピーカーを最大音量にして神殿空間に流してみると、それはそれはこの上ないほど清浄にして無垢なる空間が出現した。
思はず、このところ目まぐるしく成長と脱皮とシフトを為しつつある我輩と周囲の人間的情緒環境のことに思ひが達し、何か得体の知れぬ巨大なモノに打ちのめされ併呑されて仕舞ひ、やらうとしてゐたいくつかの仕事や片付けも手が着かぬまま、自分でも驚くほどの勢ひで感涙後撃沈せるらむ。
恐ろしい力を秘めた音楽だ。
 
 
 
いかん、涙が止まらん・・・
 
 
 
 
 

ペルト:タブラ・ラサ

ペルト:タブラ・ラサ

 
タブラ・ラサ

タブラ・ラサ