巴里に思ひを馳せ乍ら大名古屋でモネの「印象 日の出」を見る感興

鉄路の行方は?

巴里から届いた小包には、我輩が愛して止まない巴里の風情と風味がぎっしり詰まったお菓子が入ってゐた。
此の濃密な甘さ(まだ食べてゐないけれどわかって仕舞ふのだ)と色彩は、ねむる巴里、ねむれる巴里、まどろみざわめく巴里、たゆたひきらめきさんざめく巴里、そしてねむらない巴里そのもの。
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そして昨天は、木枯らしにも負ケズ、ひどい腰痛と激しい歯痛にもメゲズ、果敢にも(無謀にも?)電車に乗って大名古屋にでかけ、葉を落とした欅の林に囲まれた市美術館でモネの作品と対面。
巴里の西の端、ブローニュの森の入口にあるマルモッタン美術館の、落ち着いた感じのあの部屋の雰囲気とはまるで違った、如何にも
「そりゃー今回の美術展の目玉ですから特別扱ひで何もかも特製の展示調度と演出なので御座ゐますよ」
然とした、国民の祝日でコビト連れた家族連れも多く含まれたりける観客群に取り囲まれた状況下でも、作品は独り静謐を湛へて壁面に鎮座しておりました。
それにしても、絵のすぐ脇には特別警備員が一人立ってゐて、正面に身を乗り出して見やうとする観客達にしきりに「センサーが反応して仕舞ふので身を乗り出さないでください」だの「絵を指差すとセンサーが感知して警報が鳴りますので注意して」だの、折角の特別演出された展示空間の雰囲気も何もかもぶち壊し。
作品との物理的障壁である硝子ケースも、これ見よがしに置かれたパーティションも無かったが、絵よりもセンサーの方が大事なのかしらむと怪しむるほどの口頭注意にはほとほと閉口致しました。
まう少し、観客を信用してみませんか、主催者の皆さん。