黴雨

病める薔薇

南海洋から押し寄せる恐ろしいほどの湿気の影響で、畳も波打ち玄関の土間も水を撒いたかの如く激しく結露してゐる。
誠に、家の造りは夏を旨とすべきことは今更謂ふに及ばぬことなれども、さりとて冬の北風の吹き来るを放任したりければ、それはそれでげに恐ろしくざんめり。そもさ、如何にしつることどもぞやと言問ふ暇あらば、今は戸を開け放ちて蚊帳を吊り、冬にはあらゆる帳を立てて風を凌ぐが先のことなりける。
庭でしきりに蛙が鳴ゐて、既に雨降るに、更に雨を呼ぶ。
嗚呼、全てのものが黴び行くよ。洗濯物も、洗って伏せておいた食器も、読みかけの本も、バイクのヘルメットも、発掘された土器片も何もかも。薔薇の花をくたし、そぼ降る雨よ。忍冬の花のしとどに濡れて、其の花をくたし、浜より持ち来たる庭の無数の丸石を濡らし、人の心にも潤ひと湿り気と瘴気をもたらす驟雨よ。
雷鳴と電光は紫色に光り輝き暗雲を切り裂く。切り裂かれた灰色雲の裂け目の彼方にも又、無限の積乱雲が連なりて、新たなる水の粒を大地に満遍なく降り撒ゐて、地表を原始の水の世界に引き戻す。
激しき雷雨が夜の闇に取り込まれ、人を呼ぶ。
此の、闇に沈み水に満ちた世界を見よ観ぜよと、蛙の声もが人を呼ぶ。
目に見へぬ、音にも聞こゑぬものに応へよと、闇が呼ぶ。
雨が呼ぶ。
宇宙が呼ぶ。
(-_-)