光臨

青モミジ、新緑の盛り

何をか眞人と謂ふ。古への眞人は寡に逆らはず、成を雄(ほこ)らず、士(事)を謨(はか)らず。
然るがごとき者は、過てども悔いず、當れども自ら得たりとせざるなり。
然るがごとき者は高きに登りて慄れず、水に入りて濡れず、火に入りて熱からず。是れ知の能く道に登假するや、此のごとし。
                  
                
朝も早よから、先日秘密裏に購入しておいた花や野菜の苗を植ゑる準備をせむと、耕作を放棄して数年以上経つ庭の畑地周辺を片付けてゐた。すると生け垣の向かふに蠢く人影有って、見れば隣家のおじじさま。温室と生け垣との間の細長い畑地を、耕しておらるる様子。
先週既に小型耕耘機で起こして畝を作ってあったらしく、施肥や数本の苗が準備されてゐるのは宜しいが、おじじさまの足下には除草剤のポリ容器が・・・ 嘗て此のおじじさまとは、除草剤の散布に関して一戦を交へたことがあるだけに、暫く様子を「垣間見る」ことにした。
事の発端はドクダミだった。我が陋屋側の生け垣に沿って、毎年かなり旺盛にドクダミが繁茂するのだが、花の咲く前に収穫し、乾燥させたのち焙じ、麦茶と一緒に煮出して飲む為に利用してゐたのだ。
ドクダミは十薬と呼ばれ親しまれると同時に、当地の農民にとっては厄介な雑草の類とも思はれてゐるのだ。確かに、其の臭ひは独特で好き嫌いがはっきり分かれるのだらうが、花は清楚で美しく、葉の色目も緑と紫てう上品な変化があって面白い。野趣有って、一輪挿しや茶掛けにも最適と思ふのは我輩だけかしらむ・・・
そんなドクダミは、隣家のおじじさまにとってはタダの雑草であるらしく、生け垣を越ゑての侵略を恐れてか、我輩の知らぬ間に除草剤を散布されて仕舞ふのだ。近頃の除草剤は高性能で、散布の翌日には既に葉などが萎れはじめるので間違って収穫して仕舞ふことはないが、当てにしてゐる我輩にとっては精神的な痛手も大きい。
また、幸ひ?除草剤の多くは地面に落ちてからはほぼ完全に分解して無毒化されるものが多いせいと、根っこが残ったドクダミ自身の生命力に因って毎年どんどん生ゑてくるのだが、いずれにせよおじじさまの動向には留意せねばなるまい。